個展7日目

ものすごい雨に降られた。

家を出る前は気が付かなかったのに、ドアを開けた瞬間に「これはあかん」と思った。
しかも濡らしてはいけない荷物を手に提げていたので、それをかばいつつ傘をさす。

最寄りの駅に着いて改札を通ろうとすると「残高不足」の表示。
チャージをしようとリュックから財布を出すと、紙幣まで濡れていた。

何を隠そう自分は、「全日本傘さすの下手くそ選手権」ファイナリストなのである。
そのうえ、右手の荷物をかばっているので、背中のリュックなぞ雨ざらしも同然。

案の定、紙幣が券売機を通らない。チャージができない。示し合わせたように小銭は70円しかない。
仕方なく駅員さんに言うと、めんどくさそうにピン札に変えてくれた。その節はどうも。

増刷したポストカードを並べて、机の上がまた賑やかになった。

先週の水曜日にポストカードを買いにきたものの、欲しいものが売り切れだったというお客さんがちょうど来てくれた。とてもありがたいことだ。

今回の展示で多用したスチレンボードで少し立体感を出す手法を面白がってくれ、次もこの方向性でいくか悩んでいるとお話すると、ぜひこのままやってほしいと言ってくれた。

作品が今の形になった過程には、少なくとも4年分くらいまでは論理的な積み重ねがあるが、ふと何でこんなことをしているんだっけと疑問に思うことがある(何で絵を描いているのだろうという意味ではない)。
「こうしてみよう」と思ったアイディアを、果たして効果的に実現できているのだろうかと思う瞬間がある。

立体にしたのは影が出ることによってシルエットが強調されるからだが、立体はとにかく手間もかかるし、リスクも高いし、額装のバリエーションも平面より少ない。
しかも、自分は細かい作業をたくさんしている割に本来はとてつもなく不器用でせっかちなので、詰めが甘かったりする。
この間来てくれた大学の後輩に、その辺を思いっ切り見破られて少し傷ついた。

そこまでのことをして、それに見合うだけの効果が立体にはあるのか。
やっぱり「このままやってみてほしい」という言葉をいただくと、もう少し続けてみようかなと思う。

また、展示に来てくれた職場の人にイヴァン・ガンチェフの画集を薦めたりする。

本棚コーナーにあるほかの本と比べると、ガンチェフの画集は表紙がやや地味で、抽象的な絵が載っているだけなので、中身がよく分からず、あまり手に取ってくれる人がいない。

水彩のにじみやクレヨンを駆使した、鮮やかで不思議な絵が載っていて魅力的な画集なので、せっかくだから手に取ってもらいたい。

併設のカフェのなかで読んでくれて、気に入ってくれたみたいで嬉しかった。

本棚コーナーのなかに唯一の文学作品「四畳半神話大系」を置いた。

自分は森見登美彦さんの作品が大好きだが、そのなかでも「四畳半神話大系」が一番好きだ。

「四畳半神話大系」は、大学生の主人公が4つのコミュニティ(サークルなど)に属した場合の生活をパラレルワールド的にえがいていく小説。

主人公はどの章でも現状に不満を持っていて、あの時このコミュニティではなく、別のコミュニティに入っていれば!という主旨の独白から始まる。

森見作品らしく基本的には意味がなく下らないことばかりやっているのだが、時おりもの凄く鋭い一節を忍ばせてくる。

例えばこれ。

「我々の大方の苦悩は、あり得べき別の人生を夢想することから始まる。自分の可能性という当てにならないものに望みを託すことが諸悪の根源だ。今ここにある君以外、ほかの何物にもなれない自分を認めなくてはならない。(以下略)」

自分は大学時代、どのサークルにも属さなかったが、何回か入ってみようと思い立ったことがある。デザイン研究会、絵画同好会、日本全国を旅するサークルなどなど。

デザイン研究会は声をかける寸前まで行ったが、何となく雰囲気が合わない気がしてビビッてやめてしまった
絵画同好会は、作品展を見たが作風が違う気がしてビビッてやめてしまった。
日本全国を旅するサークルは、実態が謎すぎてビビッてやめてしまった。

ビビッてやめてばかりで結局、塾講師のアルバイトをした。
バイト仲間でよく遊んだし、今でも付き合いのある友人も何人かいたりで、それなりに楽しくはあったが、あの時サークルに入っていたらどうなっていたのかなと思うこともある。

それでも今ここにある自分以外、ほかの何者にもなっていないのかもしれない。
やっぱりCOYAMAさんで、こうして個展をやっているのではないか。
みたいなことを「四畳半神話大系」は、くだらない話の合間にすっと問いかけてくる。

とても油断のならない小説なのである。



何か書評みたいになってしまったが、今日はこの辺で。
明日もよろしくお願いします。

outa.waruagaki
都内在住。2016年2月までタイに2年半在住。絵を描いたり、街灯のことを書いたり、散歩したり。

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